第2話 観測とは何か──「現実確定装置」としての意識/涼宮ハルヒ理論vol2

情報世界の旅人

世界ってのは、観測されないと存在しないのかもしれない。
……なんて言ったら、ちょっと中二病っぽいか?
でもな、量子力学ってのはマジでそういうことを言ってる。


プロローグ:目が合った、その瞬間に

この前、駅のホームで、ふと目が合った女の子がいた。
知らない顔。でも、なんか印象に残っててさ──なんとなく気になってた。

で、次の日も同じ時間、同じ場所に立ってたんだよ。
まるで、オレが来るのを待ってたかのように……なんていうのはウソぴょんで。

偶然? それとも……
いや、たまたまだろ。偶然に決まってる。
でもな、ちょっと思ったんだ。

「オレが“見た”から、彼女はそこに現れた」
そんなふうに、世界が動いていたとしたら──どうだ?

バカバカしいって?
わかる。オレだってそう思う。
でも、量子の世界では、それが本気でアリなんだよ。


観測とは何か?──量子の迷宮

量子力学では、物質は「波」「粒」、二つの性質を同時に持ってる。
けど、それは「観測されるまでは決まってない」っていう、ちょっと不思議な前提に立ってる。

代表的なのが「二重スリット実験」だ。

電子を一個ずつ撃ち出してスリットを通すと、
観測してないときは干渉縞、つまり“波”のようなふるまいをする。
ところが観測を行った瞬間、それは“粒”として動き出す。

つまり、観測するかしないかで、現実が分岐するんだ。

“見る”ことが、世界をひとつに収束させる──
まるで、意識そのものが“現実確定装置”になってるような感覚だ。


誰かが見ているから、世界は存在する?

じゃあこう考えてみよう。

誰も見てない部屋の中で、椅子はちゃんと“そこにある”って言い切れるか?

たぶん、ある。
でも、誰かが「見た」ときに初めて、
“そこにあること”が確定するという考え方もある。

もしこの理屈が本当なら──

「観測者がいない世界」は、そもそも存在しない。

怖い話かもしれないが、
逆に言えば「見つめること」に、ものすごい力が宿ってるってことでもある。


ハルヒの世界──願望が観測を超えていく

で、出てくるのが涼宮ハルヒだ。

彼女は「世界がこうだったら面白いのに」って本気で思う。
そして気づいたら、宇宙人や未来人、超能力者が現れる。

彼女が“そういう世界を観測した”わけじゃない。
ただ願った。
その“願望”が、観測すら超えて、現実を構築してしまった。

これはもう、観測者を超えた創造主だ。


観測と期待──日常にも潜む「世界を動かす力」

でもこれは、特別な人だけの力じゃない。
実は、日常にも似たような「観測の力」は潜んでる。

子供に「きっとできるよ」と言い続けたら、
本当にできるようになることがある。

受験生に「合格する」と信じて言えば、
本人の行動が変わって、現実がそっちに傾いていくこともある。

応援が奇跡を起こすスポーツ。
観測という名の“信じる力”が、目に見えない何かを動かしてる気がしないか?


大谷翔平──自分自身を観測し続けた男

大谷翔平。
高校生のとき、「8球団からドラフト1位指名を受ける」と堂々と掲げた。

そのときは笑うヤツもいた。夢見すぎだろって。

でも彼は、自分を信じて、毎日毎日、“そうなっている自分”を観測し続けた。

そして今、彼はメジャーのスーパースター。
夢のような現実を──自分で観測し続けて、現実に引き寄せた。


エピローグ:誰にも見られなくなった世界で

もし、誰にも観測されなくなったら?
誰にも期待されず、誰にも気づかれず、
世界のどこかに、たったひとり取り残されたら──

……もしかすると、存在すら確定しないかもしれない。

でも。
この文章を、誰かが読んでくれている限り──

オレの世界は、ここにある。

(To Be Continued…)

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